久しぶりの『ハンドボール愛Journal』はプロのオートレーサー大月渉さんに注目。情熱あふれる「プロレーサー流ハンド道」をクローズアップしました。

ハンドボールに情熱を燃やすプロのオートレーサーがいる。群馬県前橋市をメインに活動する大月渉さん(30才)だ。

 大月さんは群馬県立前橋商高でハンドボールキャリアをスタートした。中学まで野球(ポジションはセカンド)をやっていたが、高校で新しいスポーツをやってみたいとハンドボール部の門を叩いた。

 群馬県の高校ハンドボールといえば、富岡高、富岡実高、下仁田高、吉井高など県南地区が盛んな土地柄。1980(昭和55)年にインターハイ3位の実績もあった前橋商高だが、ここ数年は目立った戦績を残せず、大月さんの時代も県大会の3位決定戦で吉井高に敗れ、目標にしていた関東大会への出場はならなかったという。

 各地を遠征して年間100回ものレースやトレーニング、マシンの調整に明け暮れる大月さんにとって余暇の一番の楽しみがハンドボールとの触れ合いだ。​

 前橋商高の週末練習に顔を出したり、自ら音頭をとって前橋市民体育館での月1回の練習会に参加する。20人ほどが集まる練習会には、前橋周辺の社会人や群馬大、前橋工科大、高崎経済大らの学生も加わり楽しく汗を流すという。

群馬県前橋市をメインに活動

 「外から群馬に来てハンドボールをする場がない人たちなども誘いながら、みんなで気兼ねなくハンドボールを楽しめるコミュニティみたいなものができればいいなと思っています。これからメンバーの輪が広がって県内の社会人リーグに参加できるチームができたらいいですね」と目を細めた大月さんだ。

 前橋に近い大同特殊鋼渋川工場を拠点にした小学生チームの渋川クラブが誕生して3年目を迎え、大同特殊鋼で何度も日本一を経験した清水博之さん(元日本代表監督)や地引貴志さん(現大同コーチ)のマインドを受け継ぐ地域のハンドボーラーの成長も期待されるところ。
 「いつかは(前橋商の)後輩たちにも関東大会に出てほしいですね」と夢を託した。

 大好きなハンドボールのために自身の肩書きやプロフェッショナルとしての考えやトレーニング法を役立てたいとする大月さんは「オートでハンドボールをやっているのは私だけ。それでオッと思ってもらい、ハンドボールやトレーニングに興味を持つ人が増えたらいいと、そんな気持ちでいます」と語る。

プロの真髄をハンドボールにリンク

 そして「指導する立場として伝えたいのは、スポーツ選手の根幹、土台を作るコアトレーニングと『ノリトレ』(山口県岩国市の〝筋トレナビゲーター〟田中典也さんが展開しているフィジカルトレーニング)の2つに視覚を鍛えるビジョントレーニングです。それらを複合的に行っていけばハンドボールに限らずどのスポーツにも効果が期待できるし、とくにビジョントレーニングはだれでも手軽にできるので、すぐに取り入れてもいいのではと思います」と身を乗り出した。

良きパートナーの「ノリトレ」田中典也さん   

 

岩国市のノリトレラボラトリィでトレーニングする大月さん

そこで、あまり馴染みのないビジショントレーニングについて掘り下げて大月さんに聞いてみた。

 「パッと見た瞬間、ディフェンスがどこに、何人いるかを知っておくのはオフェンスのアドバンテージにつながるはずです。
 パスを受けてボールを持ってから考えるのと、その前に見て情報をインプットしておくのとでは大きな違いがありますからね。
 ディフェンスでも視野の中に相手を入れておけば、ブロックが来たことなどいち早く察知できるし、すべての面で情報量の差につながります。
 120度前後の視野の中で、どんなプレーが起きているかを見るようにしておくことは、レフェリーにもおおいに役立つでしょう」

 大月さんが教えてくれたビジョントレーニングをいくつか紹介しよう。やり方は非常に簡単だ。専門の器具もあるが、そんなものに頼らずとも、どこでも自分で工夫してやることで効果が見込めると力説する。

効果的なビジョントレーニング

 まずは眼球を5回ほど回すことからスタートする。それで眼球周辺の筋肉が動くことからウォームアップになるのだという。

 次に両手の親指を左右、前後、斜め上と斜め下というようにして立て、双方に素早くピントを合わせるのを各10回ほど。

 さらに近くから遠くを見るトレーニングとして、例えばスマホの画面を見てから周囲の状況にピントを合わせていき、道行く人が何人いるか、車が何台走っているかなどを瞬時に見たりする。
 また、壁にかかっている時計の数字だったりと一定のポイントを見てから、同じように遠くに視線を移してやってみるのも1つの方法だ。

両親指を前後にしてのビジョントレーニング
三郷HCの小学生選手たちにビジョントレーニングを指導

 視力の弱い子どもたちが多い中、見えないなら見えないなりにトレーニングすることで、見ようとする力が変わってくるし、ぼんやり見えるだけでもオッケー。それを小さな頃からやっていけばピントが合わせやすくなるという。

 「もちろん限界値はあるものの、やらない手はありません。何気なくやっていることを意識してやっていき、それが意識せずにやれるようになれば明らかな違いが出てくるはずです。
 つねに動体視力をフル回転しているオートレースでは、視覚の中に飛び込んでくるものを瞬時に判断して抜けるかどうか、また背後からの音も聞きながら抜かれないように走るんです。そんなことを応用しながらハンドボールに転換することが多いですね」と話す大月さんの視線に力がこもった。

「これしかない!」とこの道へ

 前橋商高から獨協大に進学後もハンドボール部に席を置いてプレーを続けた大月さんだが、何度も就職活動で悔しい思いをしたことがオートレーサーへの転身につながった。
 当時はリーマンショック直後の就職氷河期真っ只中。志望する銀行や証券会社などを含めて応募した4、50社の採用試験に落ち、エントリーを含めればかなりの数の会社からダメ出しを受けた。

 そんなときに目が止まったのが「オートレーサー募集」の案内。「これしかない!」とピンと来るものを感じたという大月さんは、倍率約50倍の試験に合格しオートレーサーの門を叩いた。大学4年の9月から養成所に入り、10ヶ月間の訓練を終えて翌年7月にプロデビューを果たした。

 オートレーサーは上からS級、A級、B級とクラス分けされており、S級が48人、大月さんのA級は232人いて、半年でランクが変わる全体順位(3月1日付け)はS級含め全体で136位。A級88位となっている。
 A級以上がG2とG1レースへの出場が可能で、そのほか高額賞金のSGレースが年間4回あり、12月31日に川口(埼玉)で開催されるスーパースター王座決定戦が最高ランクの大会だという。

 そんなプロレーサーの道に進んで8年目を迎えたいま、大月さんは「やってきて間違っていなかった」と振り返る。

 「ITの進歩や電子マネーの普及が進んでお金の回り方、使い方が変わってきたし、これから銀行などのあり方が変貌していくのは必然でしょう。大学卒業してから10年でこれだけ変わったのだから、先を考えたらどれだけ変わるか。
 オートレーサーはしっかりやれば長く現役を続けられるし、負けが続けば新陳代謝のプレッシャーはあるものの、実力の世界で1回々々勝負できる魅力があります」

 そんな大月さんを支えているのは、やはり強いプロ意識だ。賞金以外にもスポンサー数社のサポートを受けたり、自分のブログやSNSで積極的に広報活動を行っている。

 めざすプロ像としてサッカーの本田圭佑選手の名をあげる。
「スポーツをお金に変える力を持っており、次世代の経営スタイルがある」からだという。

 そして、これからのライフスタイルについてこうも言う。
「世の中が変わっていく中で、変わらないものはありません。ハンドボールもレフェリーが3人になったり、ビデオのアシスタントを導入したりと変わっていくはずです。
ぼく自身ライトな趣味をディープなものにしていくのがおもしろいんです」

ライトな趣味をディープに

 大切にしているのは感謝の思い。デビュー戦のレース後に緊張して「ありがとうございます」と一緒のレースの選手に言えなかったそうだ。
「自分のためから、人に見せるためにということを考えています。悪いことを子どもが真似したらイヤだし、生活するためにもやってはならないとって思います。
勝った先には勝ち方があります。ハンドボールのプレーでも、こんなことやるといいよって教え方ですね。

 また、ハンドボールに限らず、うまいけれど、なにも考えずにプレーしているタイプの選手が多い気がします。それは遊んでいるのと一緒でしょう。一方で高いレベルの人は再現性というのがすごいと思います。いまのプレーは、何がどうなったのかをわきまえています。
そんな〝Why〟を追求していく、理想と現実を埋めるトレーニングを考えていきたいですね。
教えて学ぶことも多いですよ。いろんな子がいます。子供とのギャップに戸惑うことも多いです。だから教える人は学ばないと。
それが回ればいいサイクルになり、周囲を巻き込めます。やはり指導者は勉強しなければと思いますね」

 先の日本ハンドボールリーグ・前橋大会(2月16、17日)では、写真のように一般道路からの車を駐車場へと誘導したり、大会スタッフとして会場を動き回る大月さんの姿があった。

前橋の日本リーグに関われた喜び

 「今回はオートレーサーではなく、協会役員として参加していたのに、ぼくに声をかけてくれた方々がいてうれしく思いました。
また、撤収作業には多くのスタッフの姿があり、松ヤニを落とすのに時間がかかりました。ゲーム後に群馬の子どもたちにハンドボールの指導をしてくれた大同特殊鋼の選手の皆さんにも頭が下がります。こんなにもたくさんの人がいて開催された今大会に関われたことがすごくうれしかったです。
ハンドボールを通して群馬がアツくなったと思います。今度はオートレースで皆さんを熱くさせられるよう精進します」と自身のFacebookでコメントした。

 これからも専業のオートレースにプラスアルファで指導者やレフェリーなどハンドボール活動をリンクさせていく大月さんの「プロレーサー流ハンド道」に注目、そして応援を続けていきたい。

※大月さんのSNSリンク

  https://www.wataruotsuki.com/   ←ブログ

https://www.instagram.com/wataru_5973/?hl=ja  ←Instagram