史上最強の兄弟ユニットへ上昇一途

ドイツの世界女子選手権で角南唯、果帆の日本代表姉妹が活躍して注目を集めたが、このあとさらに世界へ羽ばたこうとする学生兄弟がいる。ともに左腕のポイントゲッター。そう、筑波大の徳田新之介(178㎝)と廉之介(180㎝)だ。
そこで史上最強の兄弟ユニットとして世界をめざす彼らを同時にクローズアップすることにした。

初の「新之介&廉之介」特集

 筑波大4年の新之介は、2016年1月のアジア選手権(バーレーン)で当時のカルロス・オルテガ監督から緊急招集されて日本代表デビューすると、今年1月の世界選手権(フランス)では文字通りチームの主軸として躍動。先のインカレ決勝で火花を散らした同学年の国士大・玉川裕康らとともに、日本の未来を託す男として熱い期待が寄せられる。

その兄を追って今春に筑波大入りした廉之介は岩国工高(山口)の最終学年でセンバツ、インターハイ、国体の高校3冠を達成。自身2度目の代表となった今夏の世界ユース選手権(ジョージア)では史上初のベスト8入りを勝ち取る快挙を成し遂げた。

そんな2人にどうしても話を聞きたかった。これまで彼らのメディア紹介はいくつもあったが、いずれも単独でのもの。この「HANDBALL@STATION」が兄弟取材の第1号になりたかったからだ。
そして、その日が実現。代表合宿や大学の練習、授業などもあって2人いっしょのフリーな時間は限られていたが、アポイントが取れた土曜の夜、大学近くのファミレスに仲良く足を運んでくれた。

つねに注目集めた万能選手

 2人は山口県岩国市をベースに活動する小学生チーム「IDBスポーツクラブ」でハンドボールを始めた。海上自衛隊時代にハンドボールと出会った父・勝巳さん、そしてオムロンでキャプテンを務めた日本リーガーの尚子さん(旧姓・横田)が同クラブの役員だったこともあり、自然の流れとも言えた。

ちなみに姉の千紘さん(平田中→高水高→福岡教大でプレー)のほか、尚子さんの妹・真須美さん、弟の康秀さんを含めた3家族の子どもたち11人全員がIDBクラブを巣立ったハンドボーラー、しかも全員が全国大会の舞台で躍動し、みんなが手にしたメダルの総数は軽く50個は超えるという超エリート一族だ。

(スポーツイベントで2016年4月号「どんな時でも…ハンドボール愛」で紹介)

両親の考えが「子どもの頃にはいろいろなスポーツをやらたせたかった」(尚子さん)ことから、新之介はハンドボール以外にも野球、空手、水泳、相撲などもチャレンジし、マラソン大会にも借り出されたほどの万能選手ぶりを発揮した。

そして、中学校では「純粋に楽しいと思ったから」という理由で本格的にハンドボールの道に進むと、熱心に誘っていた野球関係者を「甲子園球児どころか将来のプロ野球選手を取り逃がした」と悔しがらせた逸話も残っている。
「いつの時代でもみんなの居場所になるチームを」と創設にタッチした佐倉弘之甫さん(岩国市教育長)や原田美智子さん(IDBクラブマネージャー)ら、子どもたちの将来を第一に考える愛情豊かな育成方針が新之介の心を引きつけて離さなかったのだ。

小6の時はハンドボールと野球の全国大会が重なり、予選リーグの1日目は野球、2日目はハンドボールと掛け持ち出場でチームは決勝トーナメント進出はならず。中学に進んでから唯一の全国キャリアとなった最後のJOCジュニアカップでは玉川を擁した埼玉選抜に敗れ、小、中時代で華々しい戦績は残せなかった。

「当時でも190㎝を超えるタマ(玉川)のデカさに驚きました。確か14点ぐらい入れられてやられました。
高校では2年夏の新潟インターハイで優勝しましたが、無冠に終わった3年生時代のことは聞かないでくださいね(笑)。
大学になって関東学生リーグは3回優勝できましたが、インカレはどうしても勝てなかったので、日本一は高2の時の1回きりです」とちょっぴり悔しそうな表情を浮かべた新之介だ。

そんな中、今やセールスポイントとなっているクイックシュートについてこう語る。
「高校の倉谷(康彦)先生から、溜めて打つシュートはダメだからと言われ、腕の振りをコンパクトにしてクイックで打つシュートを身につけようと、ずっとそのためのトレーニングを積んできました。
僕は身長が高くないし腕も短いので、よけいに速く、鋭くを意識してきました。腕などの上半身だけじゃなく、全体的な部分でトレーニングに励んできた成果だと思っています。

新之介らオルテガJAPANが奮戦したフランス世界選手権「Gracias」
(Handball Kariyaチャンネルより)

兄の道をひたすら追走!

 廉之介は兄とは3才離れていることから、いっしょに遊んだりした思い出はあまりなかった。ハンドボールとの出会いは小1で兄たちが練習している体育館に行った時だったという。
「無理やりに連れていかれたので嫌々だったのを覚えています。2年生になってIDBに入ったんですが、おもしろ味は感じませんでした。楽しくなってきたのは4年生になったぐらいからですね」と当時を振り返る。

そんな彼がいつも周りから言われたのが「兄ちゃんをマネしろ!」の言葉。そうした影響なのかハンドボールや野球などのスポーツは左利きになった。ちなみに食事や字を書いたりするのは右手だから、左利きに“矯正”されたレアなケースだ。

「まだ両手でご飯を食べていたような小さな頃でしたね。ご飯はどっちの手で食べたらいいの?って廉之介が聞いてきたんです。。
それならご飯はお姉ちゃん、スポーツするのはお兄ちゃんと同じにしようねと言ったら、それからボールを投げたりするのが左になったんですよ(笑)」と尚子さんは“真相”を教えてくれた。

兄と同じくさまざまなスポーツに親しんだ。空手や野球、さらには山口県のタレント発掘事業にセレクトされ、週2回の教室でセーリング、レスリング、サッカーなどを体験したこともあった。

中学時代はハンドボールに取り組む一方、勉強にも励んで3年生最後のテストで学年1位になるほどの高い学力も身につけた。
当然のように進学校でハンドボールをする選択もあったが、「本気でハンドボールをしたいなら岩工(がんこう=岩国工)に入れ! 指導者や環境にも恵まれているし、将来につながるハンドボールの土台が作れるから」という兄の言葉に促され、名門校の一員となって高校3冠王に輝いた。

ちなみにに尚子さんは「どうして廉之介が岩工に行くと言い出したのか今まで知らなかったです。そうだったんですね」と、ここでも笑顔だった。

そして、高校卒業後も兄が進んだ道を追い続けて筑波大に進学。2回目の代表となった今年8月の世界ユース選手権(ジョージア)に出場した。
トライアルとなった6~7月のリューベック国際(ドイツ)は、もう1つ調子に乗れずに出番も少なく、「ヨーロッパの壁を感じた」大会となった。
それでも「失うものはないんだ!」と割り切って迎えた本番では大車輪の活躍で日本の歴史を塗り替える原動力に。試合ごとに表彰されるMVPに、なんと全8試合で5回も選ばれるなど「徳田廉之介ここにあり!」を大アピールした。

「今回のユース代表は、学年に関係なしにみんなが言いたいことを言えたし、仲間意識が強くてチームワークも最高でした」と振り返りながらも、手放しで喜んではいなかった。
「ベスト8はうれしかったですが、ヨーロッパには1勝もできませんでした。順位決定戦で当たったスウェーデンにはベタ引きのディフェンスをされ、目の前に2m級の選手に立たれて60分間ずっと通用しない感じでした。クウォーターファイナルで戦ったスペイン(2位)はフィジカルや高さだけではない巧さも感じましたね」と冷静に言葉を返した。

廉之介が大活躍した世界ユース・エジプト戦
(堀田陽大チャンネルより)

海外挑戦で自分を磨く!

 そんな2人に今後の抱負や海外挑戦を含めた将来のことなどを聞いてみた。

新之介--「技術まだまだだと思っています。なんと言ってもメンタル的に苦しい勝負所で点を決められる選手にならなければと思います。
こうして早くからたくさん海外で経験を積めたことで、もっとできる、こうしたら点が取れるというのものがわかってきた気がします。
だからずっと海外に出ていれば、もっと活躍できるのではと自分ではそう思っています。
前のオルテガ監督からは、練習でも試合でも、いつも“one ageinst one”“1対1を勝負しろ”と言われてきました。
今のダグル(シグルドソン)監督からは“active! active!”とよく言われますね。オフェンス、ディフェンス両方とも、つねに足を動かして狙えということです。
来年の早い段階で海外でプレーしたいと思います。授業も危ないのをクリアできたし、もう卒業はばっちり大丈夫です(笑)。
将来については、やれるところまでやって、たくさんの経験を積んで指導者になりたい思っていますが、どんな形であれハンドボールに携わりたいですね」

廉之介--「(新之介ら4年生が抜ける)来年の筑波大はイチから戦術を作り直すので、最初のころはちょっと弱くなるかも知れませんが、イサムさん(牧野)をリーダー格に、山口(勇樹)さんや高野(颯太)といったスケール豊かな選手(ともに193㎝)もおり、また違った魅力をアピールできるチームになるのではないかと思います。
将来のことはぜんぜん考えていませんが、在学中、それも来年の大会がない期間に1ヵ月とか海外で経験してみたいです」

 2人が海外を強く意識するようになったのはネメシュ・ローランドさん(筑波大コーチ、U-23代表監督)の影響が大きいという。
 「ネメシュさんは海外に行けとは言わずに、日本と海外の違いを突き詰めて話をするんです。日本はこうだけど海外はこうなんだよと、映像などを見せながら情熱的に話すので説得力があるんです」と新之介は言う。

兄から見た弟は「ボールがさばけて周りも見えている。自分より身長もリーチもある。スピードや緩急の使い方もうまい。自分で得点を取りながらも淡々とやっているイメージがあり、つねに考えているところがいい面。やるな!って感じです」とかなりの高評価。
弟から見た兄も「見ててワクワクする、自分にはないダイナミックさがあります。チームメイトにも僕たちにも優しいですよ。練習で怒った姿を1回も見てませんからね」と信頼を寄せた。

2人で日の丸を背負う決意

 そんな2人を尚子さんはどう見ているのか?。
「新之介は自分の気持ちを表に出すタイプで性格も明るく、スポーツもなんでもできたので人気がありました。そんな兄が“陽”なら廉之介は“陰”のタイプ。自分の想いや闘志など、なんでも内に秘めるという対照的な性格ですね」と分析。

“陽と陰”の表現を変えれば“動と静”。前面にスピリットを出していくファイタータイプが新之介なら、周囲の状況を的確かつクールに判断しながら試合をコントロールしていく頭脳派タイプが廉之介なのだ。
似ているのは「ミスしたら取り返す」という強い気持ちが際立っているところだろう。

続けて尚子さんは「私たち親の方は、自分が決めたことに関してはなにも言わずに任せようという気持ちでいます。
結果はどうあれ挑戦するのはいいことなので、なんでもがむしゃらに上をめざしてほしいです。例え失敗しても挑戦しないよりもマシですからね」と温かくも頼りがいのある言葉を口にした。

国士大とのインカレで決勝では、これまであまり例がなかった2人の同時出場の場面が見られた。
次なる目標はズバリ「2人で日の丸を背負う」こと。タイプの違う兄弟のコンビプレーが海外勢を相手に存分に発揮される日を待ち望みたい。
今後さらに成長、進化を遂げながら『史上最強の兄弟代表ユニット』の称号を手に入れるのも時間の問題だろう。

インカレ決勝で兄弟ユニットが躍動!
(堀田陽大チャンネルより)

好対照の魅力を存分に

 最後に筑波大・藤本元監督とネメシュ・ローランドコーチに締めくくってもらおう。
「彼ら兄弟は、それぞれの特徴や良さなどが対照的ですね。
新之介を端的に言うならワイルド。身体の大きい相手でも向かっていくし、スイッチが入った時のファイティングスピリットも際立っています。それを身につけようと思ってもなかなか簡単に身につくものじゃありませんよ。
もともと関東学生などといった小さな器に収まらない“規格外のアスリート”と言っていいですね。ステージが高ければ高いほど本当の良さが発揮できるでし、戦術的にもクレバーなので、海外の監督からのアドバイスもすぐに体現できます。これから世界で戦っていくのは新之介のようなタイプが成功すると確信しています。

廉之介の方は、生まれたものや宿ったものなど、彼のアイデンティティが兄とは違った良さがあるということを自分で認識しており、それをチャレンジすることで持てる才能を開花させているところです。
考え方に芯があり、しっかりした知的能力を合わせたポテンシャルの高さは新之介に勝るとも劣らないものがあります。
早い段階で完成の域に近づき、あとは経験を積んでいくだけの兄に比べ、廉之介の方は時間がかかるでしょうが、なんでも吸収しようという意欲も高いので、これからのチャレンジでどんどん成長していくでしょう。世界と対等にやるためのフィジカル獲得など、もう一歩踏み込んでステップアップしてほしいですね。

新之介は来年の早い時期に海外挑戦を予定しています。どこの国でやるにせよプレー的には難しくないので、彼にとって最善の道を用意させてあげたいですね。そのあとは自分で切り開いていくだけ。彼ならきっと大きな成果が期待できるはずです」と藤本監督。

ネメシュコーチは 「新之介が世界のトッププレーヤーになるためには、コミニュケーションを取れるようになることが第一。そして、自分の身体の良さを生かしながら、いま足りないもの身につけ、これからさらに日本代表を引っ張っていってほしいです。
廉之介の場合、まずは世界と戦えるような身体と、そのレベルで通用するハンドボールを考える頭を作り、新之介とはまた違うプレーで世界のトッププレーヤーなってほしいと思います」と期待を込めたエールを送った。

まずは兄弟いっしょの筑波大でのラストファイトとなる19日からの日本選手権に注目しよう。