そこに「ハンドボール愛」があれば未来への夢が開ける。応援したり、感動したり、希望をふくらませたりできる。そんないい話を集めてスポーツイベント・ハンドボール誌に2年間24回に渡って連載してきた「どんな時でも…ハンドボール愛」を、この「HANDBALL@STATION」ではweb版となる「ハンドボール愛Journal」としてお届けします。毎月1回、「8日」に発信する予定。その第1回で「慶應義塾体育会女子ハンドボール部」をご紹介します。

ハンドボール大好き集団!慶應大女子ハンドボール部

 今春の関東学生女子2部Bリーグで6戦全勝で1位となり、2015年春季リーグ以来、5季ぶりに2部Aに返り咲いた慶應大。前回は1勝もゲットできずに最下位→2部Bに逆戻りとなっていただけに、この秋季リーグの目標は2部Aでの初勝利に加え、1つでもランクアップを狙いたいと意欲に燃えての参戦だった。
リーグが始まり上位陣には大差をつけられて力負けする試合が続いたが、第5節の東京学芸大相手に23−21と念願の1勝をものしにして歓びを爆発させた。
そして9月24日の最終週で1勝5敗の慶應大が対戦したのは6戦全敗の東洋大で、確実に勝利を見込める相手のように思えた。
しかし、ほとんどが大学からハンドボールを始めた選手ばかりで、試合ごとの波が大きい慶應セブンが序盤で3連続失点を喫すると、その後も東洋大の先行を許して前半7−13と6点ビハインドを背負う苦戦を強いられた。シュートの決定力を欠き、不正交代による退場やミスを速攻につなげられるシーンも多発するなど攻守にちぐはぐな面が目についた。
それでも後半出だしで退場が解けたばかりの吉田選手が加点すると鈴木選手のサイドや左腕ヒッター・南選手のロング加点、さらにGK善野選手の好セーブで失点を阻み、さらに南選手のステップ、大室選手のカットインでたたみかけて一気の5連取。
このあと相手に1点を許したものの、スムーズになってきた連係プレーで東洋大ディフェンスを切り崩し、13分に小島選手の速攻で15−14と逆転に成功した。
これで完全に波に乗ったかに見えた慶應大。このまま主導権をキープすれば2勝目はなんなく手に入り、8チーム中6位で2部B降格も免れるはずだった。

よもやの失速で2部B降格

ところがここからよもやの失速。同点に並ばれたあと、7mスローを得て相手退場の絶好のチャンスに加点できず、その前後にもシュートミスが続いた。
そして、東洋大が動く! 18分57秒で7mスローを得た場面でタイムアウトを要求し、それを決めて勝ち越したあと、思い切ってオールコートマンツーを仕掛ける作戦に出たのだ。
試合後、東洋大の金子幸樹監督は「(勝点と得失点差で並んだ慶應大に総得点で上回る)8点差以上の勝ちしか頭になかった。オールコートマンツーの練習はしたことはなかったけれど、残り時間を考えてあそこで仕掛けるしかないと、イチかバチかで指示を出した」と振り返った。
そして「まさかあんなにうまくいくとは自分でも驚いた」と興奮気味に話してくれた。
そこからの慶應大は7mスローによる1点にとどまり、ことごとくシュートが決まらず、パスミスやオーバーステップなどでターンオーバーを繰り返した。
1点を加えるごとに東洋大ベンチが熱く盛り上がり、選手たちのガッツポーズが乱舞した。
そして、完全に浮き足立った慶應セブンが呆然とタイムアップのブザーを聞いたとき、スコアボードには「25−16」の数字が並び、これで慶應大の最下位、そして2部B降格が決まった。
後半15−14と逆転した時点で、こんな展開になるとは…。40年あまりのハンドボール取材歴でも記憶にないほどの意外な結末だった。

勝負どころで痛感した自らの甘さ

肩を落として引き上げる慶應セブンの姿があまりに痛々しかった。4年生GKの善野選手と涙ながらに抱き合った柄澤愛コーチは「最後は頭が真っ白になってしまって…。これはもうコーチ失格ですね」とがっくりうなだれた。
「戦い方を変えた相手に圧倒されてしまいました。(東洋大との)16点差を守れば降格はないと考えていた自分たちに甘さがありました。相手がなにか仕掛けてくることは想像していたし、苦しい場面も想定していたものの、勝負所で守り切れませんでした」と話したGK善野選手。
さらに「絶対勝とうという気持ちでしたが、相手の気迫に押されてしまい、アタックディフェンスにも慌ててしまいました。どの試合も負けるつもりでやっていなかったし、個人技術が劣る分、ビデオ分析などして戦いましたが壁の厚さも感じたシーズンでした」とキャプテンの昆野選手。そして大室選手も「最後の場面では、私自身、センターでありながらもチームを落ち着かせて試合のペースを落とすことができず、相手の勢いそのままに進んでしまったことを非常に後悔しています。後輩たちになにも残すことができずに残念です」とチームをリードしてきた4年生トリオの表情は悔しさがにじんでいた。
終盤の勝負所でルーキーの南、吉田選手らがペースダウンしたが、3年生で次世代のリーダー格となる大屋選手は「彼女たちはよくやってくれました。あの苦しい場面で1年生に背負わせるものが大きすぎました。これでゼロから、いやマイナスからのスタートになりましたが、今年の春よりもいい内容と結果を残してAに昇格するようがんばる以外ありません」と気丈に前を向いた。
そして、家村佳那監督は「すべては勝つことしか考えていなかったスタッフの責任。相手がリスクをおかして前で守ってくるのをチャンスに変え、ボールをポストの鈴木に集める作戦でしたが、その前でミスが出たり、鈴木が切り込んでも次につながりませんでした。なにがなんでも勝ち切る強さを身につけさせねば…。どこかに負けても大丈夫という甘さがあったのでしょう。今夜は眠れそうもありませんね」と誤算続きの試合にため息をついた。

高学歴、ノンキャリアで奮戦中

と、ここまでは単なる試合リポートだが、どっこい第1回「ハンドボール愛ジャーナル」はこのあとが本題だ。
1737年創部という大学最古の歴史を誇る男子部から60年あまり遅れてスタートした「慶應義塾体育会女子ハンドボール部」。
2000年代初めに桐朋女子高(東京)から入学した、今でもCAPと呼ばれている初代キャプテンの寺田理恵子さんが「ハンドボール部を作りたい」と申し出たのが始まりだった。
「やるからには続けなければ!」と、そのためには部員を8人集めることが条件とされたが、それを寺田CAPのもとに集まったパイオニアたちの情熱でクリアし、同好会としてクラブリーグ参加などを経て2002年に体育会活動として認められた。

ちなみにその8人目の部員がハンドボールの街で知られる富山県氷見市の堂故茂市長(当時、現参議院議員)の愛娘・いづみさんで、彼女かキャプテンになったシーズンで女子部歴代最高の2部2位になったというエピソードもある。
しかし、その後はいつも部員不足に悩まされた。4年生が引退して部員1人という時期もあり、何度か休部の話も出たほど。それでも体験入部者を加えて他大学との混成でリーグ参加するなどで、なんとか歴史をつないできた。
それが今では史上最大となる17人の部員が揃うまでになった。スポーツ推薦で入部できる枠は皆無で、すべてが学力オンリーで慶應大生となった選手たち。全国の大学女子で「最も偏差値が高いハンドボール部」として奮戦しているわけだ。しかも、高校時代にハンドボールを経験した選手はほんのひと握りで、テニスや新体操、ソフトボールなどからの転向組。現在は大屋選手と南選手、最近になって入部したばかりの平林選手がハンドキャリアはあるものの、大屋選手は高校時代までGKだから、南選手のCPとしての入部は5年ぶりのことだった。

休部の危機を乗り越えて

最近では慶應湘南藤沢高や慶應女子高とのパイプができ、先輩との縁で入部したり、ホームページ、Facebook、ツイッターなどSNSを使った積極的な呼びかけも次第に浸透してきた。
また家村監督、そして柄澤、安住未来両コーチのOGトリオによる献身的なサポート、選手たちとのコミュニケーション作りもあって、楽しくがんばろうという明るいムードがチームに充満しているのも好印象だ。
とくに「選手たちにはしっかりした社会人になるための活動を求たい」という家村監督のポリシー(別途サイトで紹介)が選手たちの共感を呼び、また日本ハンドボール協会事務局のボランティアスタッフを務めたこともある愛ちゃんこと柄澤コーチの情熱豊かなアプローチでハンガリーリーグに在籍した元日本代表の石立真悠子選手や飛騨高山ブラックブルズ岐阜のGK田口舞選手の特別レッスンが企画され、さらには本場ドイツで15年間活動した植松伸之介さん(明星大ヘッドコーチ)をスポットコーチに招いたりしたことなども選手たちのモチベーションアップにつながった。さらに柄澤コーチは8月三重で行われたバイオレットアイリス・櫛田亮介監督によるハンドボール公認指導者養成講習会にも自費参加し、あくなき向上心をチームに植え付けたのも見逃せない。
負けた試合はもう戻らない。選手たちみんなは4年生最後の試合となる早慶定期戦(11月18日)に向けて全力投球する決意だ。昨年は7−32と完敗し、今年も秋季リーグ1部4位(4勝1分2敗)と健闘した早大の壁は厚く、そして高い。
それでも昆野キャプテンは「この秋はコロッと負けた試合も多かったけど1位の順天大に前半7−10と食い下がるなど、やれるという手応えが見えた瞬間もありました。なんとか学生最後の試合をいい思い出でしめくくりたいです」ときっぱり。
3年生以下も東洋大戦を終えたあと全員で打ち上げし、1週間のオフ後の練習は前向きなイメージで迎えられるよう気持ちを切り替えた。

いつでも前向き一歩ずつ!

そんな中、「たくさんの人にハンドボールがおもしろいスポーツだと興味を持ってもらいたい」と話す甲斐選手(3年)がスポーツ速報アプリ「Player!」で注目を集めているookami社に学生インターンとして参画し、関東学生ハンドボール連盟との共同で来春から男女全カテゴリーの試合速報や星取表が組み込まれたホームページのリニューアル作業をサポートすることになった。

そうしたハンドボール大好きの有能集団とあって、今後は試合出場だけではなく、ハンドボールを盛り上げ、イメージアップする活動も視野に入れてほしいところ。

かつては早慶定期戦を国立競技場(11人制)でナイターゲーム開催したり、体育館を満員にして1000人、2000人単位の有料入場者を集め、さらにはOBの協力を得てテレビ放映も実現した"興行実績"の歴史も残っている。
名のあるスタッフを招いての指導クリニックや学生リーグの自主運営、早慶戦の有料公開など、慶應大生ならではの企画、イベントなど手がけてもいいのではないかと思う。
放送関係の関連会社でイベント制作会社に就職が内定した昆野選手も「いつかスポーツのイベント運営に関わって慶應ハンドボール部のお手伝いができたらいいですね」と笑顔をほころばせた。
大屋選手は「人を呼べるような早慶戦にするには慶應のレベルを上げないことには始まりません。ハイレベルなラクロスの早慶戦は500円の入場料を取る学生イベントとして人気があるし、早くそんな実力を身につけたいですね」と口元を引き締めた。
さまざまなハンドボールの取り組みが全国の高校生勧誘への“売り”になれば、意欲あふれるチャレンジャーにとっては充実した学生ライフが待っているはず。いつでも前向きで一歩ずつ進んでいく慶應大女子ハンドボール部に大きなエールを送りたい。

▽リンク先
慶応義塾体育会ハンドボール部 http://www.keio-handball.com/

慶應義塾体育会女子ハンドボール部 https://www.facebook.com/keiohandgirls/

※柄澤愛コーチコメント「慶應義塾女子ハンドボール部での経験が今の自分の行動の軸になっていると感じています。これは慶應女子部が学生主体で考えながら活動をするというクラブだからに他なりません。ハンドボールだけでなく、課題を考え、仮定をたてて、実践、検証していくという過程は人生の全ての問題に通じます。これらの気づきを与えてくれたクラブに、ハンドボール愛を持ちながら恩返しをしていきたいと思っています」

※家村佳那監督については↓
慶応大女子ハンドボール部・家村佳那監督の人材戦略